「王国全土を崩壊させようとした力のある魔法使いが、全国民が飲む井戸に魔法の薬を入れたの。その水を飲んだものはおかしくなるように。
次の朝、誰もがその井戸から水を飲み、みんなおかしくなったわ。王様とその家族以外はね。彼らには王族だけの井戸があり、魔法使いの毒薬は撒かれていな かったから。そこで心配した王様は安全を図り、公共の福祉を守るためにいくつかの勅令を発布したの。でも、警察官も、警部も、すでに毒の入った水を飲んで いたから、王様の決定を愚かだと思って、従わないことにしたの。
王国の臣民がその勅令を耳にした時も、みんな、王様がおかしくなって、バカげた命令を下しているんだって確信したの。彼らは城まで大挙して押し寄せ、その勅令の破棄を求めたわ。
絶望した王様は、王位から退く心づもりでいたけど、女王が彼を引き止めて言ったの。『さあ、みんなと同じ共同井戸の水を飲むのよ。そうすれば、みんなと同じようになるはずだから』。
そして彼らはそうしたの。王様と女王様は狂気の水を飲み、すぐに不条理なことを口走り始めた。彼らの臣民は、すぐに悔い改め、王様がすごい知恵を見せている今、このまま国を統治させようではないか、と思ったの。
その国は、近隣諸国よりもおかしな行動を取っていたけど、それから平和な日々を送り続けた。そしてその王様はその最後まで国を支配することができたとさ」
パウロ・コエーリョ著『ベロニカは死ぬことにした』より
* * *
・・・井戸の水を飲んだ人たちは、自分たちが正気だと信じている。しかしながら、その「正気」の根拠は、「他の皆も同じように行動している」、ということ以外には存在しないのだ。
「井戸の水を飲んだ人」が作る(資本主義)社会では、まだ水を飲んでいない「精神患者」を隔離し、井戸の水を飲ませ、社会に復帰させることが「治療」とされ、そのために膨大な社会費用が支出されている。
・・・私はどうしてもこう考えずにはいられない。「治療すべき対症は個人ではなく社会そのものであるということはないのだろうか」、と。・・・そしてもちろん、私のこの発想は、明らかに統合失調症のそれと一致するのだ。
* * *
「自分の世界に住んでいる人はみんな狂っていることになるのよ。多重人格者、精神異常者、マニアのように。人と違うだけでね。
… まず、時間も空間もなく、あるのはその二つを合わせたものだと言っていたアインシュタインがいたでしょ?
それから、世界の反対側にあるのは大きな溝ではなく、大陸だと固執したコロンブスがいるでしょ?
人がエベレストの山頂に到達できると信じていたエドムンド・ヒラリーがいるでしょ?
それに、それまでと全く違う音楽を創り、全く違う時代の人みたいな格好をしてたビートルズもいたでしょ?
そんな人たちと、他にも何千という人たちは、みんな自分の世界に住んでいたのよ」
パウロ・コエーリョ著『ベロニカは死ぬことにした』より
* * *
私はむしろ、沖縄に「狂人」が少ないことの方が問題だと思っているのです。
【樋口耕太郎】