友人から強く勧められてお正月休みに『インターステラー』を観た。ハリウッドのSFX娯楽映画の類いだろうと高をくくっていたのだが、予想は心地よく裏切られた。私の中ではこの10年間で最高の映画だったかも知れない。価値のある映画は、見かけとはまったく異なる意味を持っている。

料理の完成度は素材の質を超えることができない。映画も同様で、良い作品は良い脚本からしか生まれない。理論物理学者のキップ・ソーンが製作総指揮を務め、脚本家のジョナサン・ノーランは執筆のためにカリフォルニア工科大学で相対性理論などを学び、脚本完成までに実に4年間をかけた。

ソーンによると、「ワームホールやブラックホールを物理学的に正確に描いた映画は今までなかった」という。「本作品のワームホール、ブラックホールの描写は、アインシュタインの一般相対性理論に基づいて可能なかぎり正確に表現されている」のだそうだ。SFと言っても、Science Fictionではなく、Science Factと言えるかも知れない。

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映画では「次元」の不思議な作用がひとつのカギになっている。舞台は、地球が人類の生存に適さなくなりつつある未来。新たな居住地(惑星)を探すため に、マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイらが演じる科学者、宇宙飛行士がワームホールを通って宇宙を探索する。ワームホールの入り口を土星近くに「用意」するなど、人類を助けようとする「何ものか」がいるのだが、この「何ものか」は、映画の後半になって、高次元に存在する自分自身であることが明らかになる。

「次元」とは科学の言葉だが、私たちの日常においても概念的にほぼ同じ使われ方をする。「次元の高い人」は「次元の低い人」の行動や意図をほとんどすべて理解するが、「次元の低い人」は「次元の高い人」の言葉をほとんど理解できないだけでなく、「次元の高い人」から受け取った「正しい」情報をまったく異なる(つまり誤った)解釈によって、誤った結論を導き出す。

「高い次元の人」が「低い次元の人」の役に立とうと思うとき(「高い次元の人」が「低い次元の人」を愛するとき)、「低い次元の人」が理解できる水準まで情報の質を落として、「低い次元の人」を導く必要がある。「低い次元の人」は「高い次元の人」に対して「なぜ真実を伝えてくれないのだ」と憤るが、「高い次元の人」が真実を語れない原因は「低い次元の人」が低い次元に留まっていることそのものにあり、さらに「高い次元の人」は「低い次元の人」にその事実を説明することができない。

一方で、「低い次元の人」は事実の認識、解釈、因果関係などの一切を文字通り低い次元でしか捉えることができない。どれだけ優れた思考を行っても、低い 次元に発想が制約されているかぎり、低い次元の回答しか得られない。そして「低い次元の人」の思考や判断は、低い次元を前提とする限りにおいて「正しい」 ため、「低い次元の人」は自分の判断の正しさにほとんど疑いを持たない。

すべての人は、自分が属する次元の中で「正しい」ことしかしていない。デール・カーネギーの名著『人を動かす』の中にこのような一節がある。

〈Quote〉

「おれは働き盛りの大半を、世のため人のためにつくしてきた。ところが、どうだ…おれの得たものは、冷たい世間の非難と、お尋ね者の烙印だけだ」と、嘆いたのは、かつて全米をふるえあがらせた暗黒街の王者アル・カポネである。

カポネほどの極悪人でも、自分では悪人だと思っていなかった。それどころか、自分は慈善家だと大真面目で考えていた。…世間は、彼の善行を誤解しているのだというのである。

シンシン刑務所長から、興味ある話を聞かされた。およそ受刑者で自分自身のことを悪人だと考えている者は、ほとんどいないそうだ。自分は一般の善良な市民と少しも変わらないと思っており、あくまでも自分の行為を正しいと信じている。

〈Unquote〉

つまり、私たちの人生における様々な問題、人間関係の苦しみのほとんどは、正に「次元」の問題なのだ。多くの人の人生が不幸なのは、社会が問題だらけなのは、「正しいこと」をしなかったからではない。低い次元で「正しいこと」をしたからだ。

マッキンゼーの創業者マービン・バウアーの名言「企業が躓くのは、正しい問いにまちがった答を出すからではなく、まちがった問いに正しく答えるからである」も同じ意味だ。

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私たちの問題が問題である理由は、自分のいる「低い次元」で問題を解決しようとしているからだ。『インターステラー』では、私たちが存在する4次元世界 (地球)が生存に適さなくなる。この(4次元の)問題を解決しようと研究者や宇宙飛行士が4次元宇宙の中で回答を探そうとするのだが、なかなかうまく行かない。最終的にその解を見いだすのは、マシュー・マコノヒー扮する宇宙飛行士クーパーがブラックホールの中?の5次元から4次元を見たときだ。

その瞬間5次元に存在するクーパーは、驚くことに、4次元世界に存在する人類にとって、あたかも神として機能することになる。5次元からは4次元世界が破綻する理由が良く分かるからだ。4次元世界の時空間に制約を受けないため、この瞬間の小さな判断が、将来どのような出来事を引き起こすのかが同時に理解できる。複雑に絡みあったものごとの因果関係や、数多くの問題を引き起こしている原因の原因の原因、すなわち根本原因も。

結局人類を絶滅から救ったのは、5次元から4次元世界を見たクーパー自身だ。私たちにとっての神は、高次元に存在する私たち自身なのかも知れない。スピリチュアリティの概念では私たちは一人一人が神だと言う。私たちの心の中(の高い次元)に神が宿っていると言う考え方は、先端物理学とも符合するのだ。

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さて、私たちの社会には問題が山積みで、それらの問題の大きさに、私たち自身が押し潰れされそうになっている。これを政治、経済、行政、経営など様々な手段で解決しようと試みているのだが、それらのすべては4次元における対症療法でしかないように感じるのは私だけだろうか。

私たちは目の前の問題の大きさに圧倒されながら、その解決方法を提供してくれそうなモノ、人、出来事、教えなどに期待する。この政治家だったら、この発明だったら、この政変だったら・・・。しかしながら、4次元にいる誰に頼んでも、はじめからそこに答えなど存在しないのだ。

沖縄の基地がすべて帰ってきたら私たちの社会は正常化するだろうか?沖縄の経済発展が天に届いたらどうだろう?失業率がゼロになったら?保守政権だったら?革新政権だったら?4次元世界ではそれぞれの「正義」が、対峙する「不正義」からパイの取り合いを続けている。

私たちが何よりも優先して取り組むべきことは、いかに5次元でものごとを捉え、思考し、発想し、行動するかということであって、目の前の「問題」解決(対症療法)に時間と労力を費やすことではない、5次元では「問題」そのものが再定義されるからだ。「正義」を貫くことでもない、正義の反対は悪ではなく、もうひとつの正義に過ぎないからだ。目の前の「敵」と戦うことでもない。4次元における「敵」は5次元における全体世界を構成する要素に過ぎないからだ。

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そこで、最大の問題に突き当たることになる。4次元で思考する私たちが、いかにして5次元に進むことができるのかということだ。5次元の視点を持つことで4次元世界の(ほとんどすべての)問題が解決できるとしても、4次元に生きる人間が5次元世界を理解できない以上、絵に描いた餅ではないか、と。

私たちの思考は4次元に制約されている。5次元世界の出来事は、4次元世界の非常識であり、まったくつじつまが合わないように見え、どれだけ4次元の論理を積み重ねても、決して5次元に辿り着くことはできない・・・。

その中で、たった一つ、4次元の制約を超えて、私たちを5次元に導く「コンパス」がある。そして、それはすべての人に生まれながらに備わっている。愛である。

ブランド博士(アン・ハサウェイ)、クーパー(マシュー・マコノヒー)、ロミリー(デビッド・ジャーシー)が、宇宙船エンデュランスの中で、人類の新たな居住地にもっとも適していると思われる候補地(惑星)を選別するシーンがある。

人類が選抜隊として送った2人の科学者たちが、それぞれ辿り着いた惑星からデータをエンデュランスに送信してきている。マン博士の氷の惑星、エドマンズ博士の砂漠の惑星だ。送られてきたデータを解析すると、エドマンズ博士の砂漠の惑星の方が移住に適しているように思えるが、既にエドマンズ博士が生きているという証拠はない。マン博士の氷の惑星は、データ上不適合に思えるのだが、マン博士は生きていてこの惑星が適当だという情報を送っている。

その状態で、エドマンズ博士の恋人でもあるブランド博士(アン・ハサウェイ)は、砂漠の惑星に進路を取ることを強く進める。マン博士の氷の惑星はブラックホールに近すぎて、生物の進化が生じない可能性が強いというのが根拠だ。これに対して、ブランド博士がエドマンズ博士の恋人であることから、彼女の科学者としての判断が偏っているのではないかとクーパーが指摘する。これに対する彼女の台詞に『インターステラー』最大のメッセージが表現されていると思う。

COOPER
She’s in love with Wolf Edmunds.

ROMILLY
(to Brand) Is that true?

BRAND
Yes. And that makes me want to follow my heart. But maybe we’ve spent too long trying to figure all this with theory -

COOPER
You’re a scientist, Brand -

BRAND
I am. So listen to me when I tell you that love isn’t something we invented - it’s observable, powerful. Why shouldn’t it mean something?

COOPER
It means social utility - child rearing, social bonding -

BRAND
We love people who’ve died … where’s the social utility in that? Maybe it means more - something we can’t understand, yet. Maybe it’s some evidence, some artifact of higher dimensions that we can’t consciously perceive. I’m drawn across the universe to someone I haven’t seen for a decade, who I know is probably dead. Love is the one thing we’re capable of perceiving that transcends dimensions of time and space. Maybe we should trust that, even if we can’t yet understand it.

(Brand looks at Romilly, who can’t meet her eye.)

BRAND
Cooper, yes - the tiniest possibility of seeing Wolf again excites me. But that doesn’t mean I’m wrong.

「・・・科学者だからこそこう考えるべきなの。愛は私たちが作り出したものではないのに、現実に存在していて、パワーに満ちている。それには何か意味があるに違いないわ。私たちがまだそのしくみを理解できず、きちんと認識していないだけであって、より高次の存在から送られてきているメッセージかも知れな い」

「現に私は、もう10年も会っていない人、そして恐らく既に死んでいるであろう人の方向へ、宇宙を超えて引き寄せられている。愛は、次元を超えて、時空間を超越して私たちが知覚できる唯一のものだから」

「その意味を理解できないとしても、そのインスピレーションを信じるベきではないのかしら」

「クーパー、 確かにエドマンズにもう一度会えるかも知れないという小さな期待は、私の心を動かすわ。だからといって、私の判断が間違っているとは限らないの」

物語の後半、氷の惑星のマン博士は、孤独のあまり噓の情報を送信していたことが明らかになる。結果として、ブランド博士が愛によって感じたインスピレーションは人類にとってもっとも正確な情報だったのだ。

*   *   *

最もパーソナルな愛が人類全体を救うというパラドックスは、私たちの社会にもそのまま当てはまる。そして、私たちの4次元社会はその反対の現象に溢れている。「家族のため」に働きながら自分の妻や子どもの話に心から耳を傾けない父親、人間が嫌いな環境主義者、人間関係をないがしろにして社会のために働く政治家、毎日の食事を味わうことのない料理人、「敵」に思いやりを示すことを後回しにして平和のために戦う人・・・。

私たちは4次元を超えた因果関係や真実を、4次元の論理で説明することはできない。4次元の問題を真に解決する唯一の方法が5次元の認識だとして、私たちがその認識に辿り着くためには、次元を超えて、時空を超えるインスピレーションに導かれなくてはならない。それが愛である。私たちが、目の前の人間関係のすべての接点において、社会におけるあらゆる選択において、愛を選ぶこと以外に、「いま、愛なら何をするだろうか?」と問いながら生きる以外に、4次元の問題を解決する方法は存在しないのだ。

私たちは本当に長らく、社会運営を、「論理」や「利害」や「力関係」や「怖れ」というものさしに任せてきた。その結果がこの社会だ。人を採用する時、政治家に一票を入れる 時、商品を開発する時、値段を決める時、同僚とお酒を飲む時、出張を決める時、ツイッターにつぶやく時、基地問題を語る時、車を運転する時、食事を作る時、愛をものさしにするのはどうだろう。5次元に存在する私たち自身が、この歪みすぎた社会を正常化するための正しい答えを用意しているのかも知れないからだ。

【2015.1.11 樋口耕太郎】