2003年頃から全国的に注目されるようになり、メディアでも良く取り上げられている北海道旭川市の旭山動物園。2006年度の来場者は10ヶ月と20日間終了時点(1月20日)で約263万人。年度末までには280万人を超える勢いで、動物園としては長きに渡って来場者全国一だった上野動物園をついに抜いた感じです。沖縄の主要観光施設と比較すると、最大集客施設である「美ら海水族館」は年間約240万人、「首里城公園」は約250万人前後の来場者数(2005年のデータです)ですから、既にそれらを超える水準です。沖縄の場合この2施設は入場者数では突出していて、その次の主要施設である平和記念資料館は42万人に過ぎません。
北海道第二の都市とはいえ人口36万人に満たない北限の地旭川の、開業30年にして破綻寸前だった市立動物園が、1997年を境に殆ど資本をかけず大変貌を遂げ、日本一の集客数を誇る上野動物園や沖縄の人気施設を集客力で軽々と抜き去ったのです。メディアの作り出す「虚構」的な要素もたぶんに寄与している側面があるとは思いますが、それを大幅に割り引いたとしても、旭山動物園の大現象は「そもそも事業とはなんだろう」、という重大な問題提起であるように思えます。
事業的な大現象
単純な来場者数は既に驚異的ですが、事業性の観点から考えると、とんでもないほどの大現象だと思います。特に、①「施設に対する総資本投下額と来場者数との比率」という投資/収益の観点、②旭山動物園は他地域の動物園や水族館と競合しているというのが一般的な認識でしたが、このような競合の常識が全く当てはまらない現象としての、競合戦略およびマーケティングの観点、③常識的な価格理論や価格戦略の観点が全く当てはまらない点、④ある臨界点(2003年)以降の爆発的な成長のスピードのスケールが常識はずれである点、について非常に大きな経営的示唆を与えてくれる事例だと思います。
①資本投下/収益率の観点について、美ら海水族館や首里城公園へどれ程の資金が投下されたかは知りませんが、ハードから推測する限り双方とも100億円を優に超えるオーダーになるのではないでしょうか。反面、旭山動物園の快進撃の第一歩となった1997年建設の二つの施設(「こども牧場」と「ととりの村」)の開発予算はわずか1億円*(1) に過ぎず、単純に考えても100倍の資本効率が生じている可能性があります。そして、この現象は明らかにハード主導のものではありません。「事業成功のために資本は必要条件ではない」ということを示唆する非常に良い事例だと思います。
②マーケティングの観点では、「旭山動物園はいったい誰と競合しているのか」という問いが生まれます。現象を素直に解釈すると、現在旭山動物園は全く競合状態にないと思えますし、それはすなわち過去においても競合状態は存在しなかったと考えることが可能です。逆の発想では、苦境にあった旭山動物園の経営において、従来のマーケティングの常識を当てはめ、「他の動物園や水族館との競合に勝つ」ための経営を主眼にしていたら、このような現象は決して起こらなかっただろうとも思えるのです。「事業の成功と競合・競争戦略は実は無関係ではないか」という仮説が現実味を帯びます。
③価格戦略の観点では、現在580円の入場料を例えば倍にしようが入場者数に大きな影響があるとは思いづらいですし、逆に価格を下げたとしてもそれが理由で入場者数が増えるとは思えません。現実には本土から飛行機代、宿泊代の合計何万円もかけて旭山動物園を訪れる顧客が多数に存在します。この現象をどのように理解したら良いでしょうか。
④成長のスピードに関する累乗的な加速化の概念はこれだけでひとつの経営的なテーマになります(「加速度成長モデルと経営」を参照ください)。一般的な経営論の分野ではあまり議論されないテーマですが、今後の市場環境では頻繁に見られる現象になると同時に、経営上の重要な概念としての認識が広まると思います。旭山動物園はその非常に典型的な事例として特筆する価値があると思います。
旭山動物園の特徴
旭山動物園の成功の要因として一般に挙げられている点は、第一に、動物たちが元来持っている性質(生態)をどのように顧客に見せるかを重視した「行動展示」の手法だと説明されています。その内容は既に大量のメディアや書籍によって詳細に説明されていますが、例えばペンギンの水槽にチューブ型の通路を通してペンギンがあたかも空を飛んでいるように見せる工夫、高いところに登るヒョウの生態を利用して頭のすぐ上にヒョウが寝ているような演出をする工夫、非常に高い場所を危なげなく移動するオランウータンの生態を利用した地上17mの「うんてい」、大きな深度差をこともなげに上り下りするアザラシが移動する垂直アクリルトンネルなど、どれもが今まで見たこともないユニークな展示方法で実に楽しめます。
反面、旭山動物園には特別に「目玉」動物がいるわけではありません。どこの動物園にもいるアザラシやペンギンが動物園のヒーローであると同時に、地元の動物を中心に展示する方針が採られ、3分の1は北海道産であることも大きな特徴です。
その他に僕が感じた特徴は、第二に、動物が非常にきれいであること。野生の動物を洗うことは不可能ですので、恐らく動物にストレスが少ないことが原因ではないでしょうか。第三に、看板や動物に関する解説分が大量に掲示されていること。その殆どが手書きなどの手作りで、その文面や内容もありきたりのものではなく、動物をよく理解している人が丁寧に構成したものだということが感じられること、などです。
旭山動物園の成功
行動展示の手法と、動物たちの生態を見せるために考え抜かれた施設は確かに際立っていますが、それにしても、なぜこの施設と、手作りの看板がこれだけ人を感動させるのでしょうか。また、仮にこのような施設の設定と運営が成功の秘訣だったとしても、一般的な「組織管理」によってこれを実現することはほぼ不可能という印象を持ちます。旭山動物園の組織と人材にはどのようなパワーが働いているのでしょうか。この二つの問いに決まった答えはないと思いますが、旭山動物園のスタッフと動物園の今までの出来事を理解することで、各人がその答えを導くヒントになると思います。昨年末旭山動物園に訪れ、複数の関連書籍に目を通してみましたが、旭山動物園に特徴的なポイントがあることに気がつきます。関連書籍からの引用とあわせて以下にまとめてみました。
1.自由な従業員
飼育係は担当動物の飼育全般はもちろん、飼育する動物の選択、動物の見せ方、動物の情報をいかにお客さんに伝えるかについても任されています。
『例えば飼育係を決めるとき、動物園によっていろんなやり方があるだろうけど、一番多いのは上司からの命令でしょう。だけど旭山動物園は違う。合議制というか、やりたいもん勝ちというか、とにかく命令は一切ない。意欲のあるやつはどんどん仕事ができるし、やりたくないやつはやらなくてもいいという、厳しい意味での自由な職場だった。上司が責任を持ってくれるなら多少のヘマは許されるかもしれないけれど、旭山動物園は最初から判断も責任も丸投げさ。それが怖い。でも、そのおかげでみんな凄く訓練されたと思う。』
『ほかの人に代えることができない、そういう仕事を私自身もやろうと思うし、それを、ほかの職員にも求めている。わたし(小菅さん)から、ああしなさい、こうしなさいという指示は出しません。各飼育係が責任者として当然の努力をする。旭山動物園にいる動物が幸せに暮らせるか否かはすべて、それぞれの担当飼育係の責任なんです。動物が一日一日を楽しく暮らせて、長生きできるようにするのが飼育係の責任だし、担当動物の情報をお客さんに伝えるのも、すべて各担当飼育係の責任。これは、私たち旭山動物園の飼育係の昔からの伝統ですからね。』
『旭山動物園では、自分の担当している動物をどう飼育し、それをどう見せるかというのは全部、担当者に任せられている。ほかの動物園だったら、上司の許可なくてはできないんでしょうけど、うちにはそんな窮屈な決まりは全くない。もう、やったもん勝ちです。』
2.理想を追い、自分を知り、自分が人の役に立つ方法を理解していること
動物園のあり方、動物園の存在意義、理想の動物園、動物園がどのように人の役に立つか、について非常に長い間語り合い、検討し合い、その具体的なイメージを共有しています。
『平成に入ってからも、入場者数は落ち込み続け、最低限の予算しかつかない旭山動物園の冬の時代は続いていた。そんなある日、菅野(前園長)さんは小菅さん(現園長)を呼び出して、こう切り出した。「お金がないとばかり言っていられない。お金はないけれど、できることから始めようじゃないか。小菅さん、あんたが中心になって、飼育係みんなで考えて、アイディアをまとめてくれないか。」月に1回だった勉強会は、やがて週一回へと増えていった。それでも足らずに、仕事の合間、昼食の時間、仕事が終わってから夜遅くまでと、毎日のように動物園とは何か、動物とは何か、命とは何かという話をしていた。』
『今から比べると時間だけは十分にあった。だから私たちは、魅力的な動物園にするにはどうすればいいのかということを、毎晩のように話し合っていました。特に私(菅野)とあべさん、飼育係の牧田さんは年が近いので、3人で牧田さんの家に集まっては夜中まで話をしました。そうやって議論を重ねていくうちに、最終的に動物園の存在意義とはなんなのかというところに行き着いたんですよ。動物園は人間にとっても自然にとっても存在理由がないといけない。そういうことから、動物園のあり方を毎日話し合うようになっていきました。』
3.できることから実行すること、人と向き合うこと
長い間お金がない時期が続いたにも拘らず、むしろそれゆえに、何にも頼らない自分自身になにができるかを見つめ、少しずつ実行されています。また、これらの小さな行動の積み重ねは、自己満足ではなく、お客さんと向き合う形でなされています。
『そこで飼育係たちは、旭山動物園にいる動物たちの魅力、素晴らしさを伝えるために、自分たちが担当する動物の獣舎の前に立ち、動物たちの魅力を入園者に向かって語り始めた(1986年より)。それが、今でも旭山動物園の「名物」となっている「ワンポイントガイド」だ。「飼育係が直接お客さんに動物の解説をするなんて、当時の動物園業界では考えられないことだった。だけど、園長なんかよりも、その動物の担当者の話の方が絶対に面白いに決まっている。だって毎日見ているんだから。動物の知識は凄いのに人前で話すのが苦手な飼育係もいた。でも、ワンポイントガイドは、飼育係全員がやることに意味があったんだ。」(あべさん) 飼育係同士で約束したのは、雨が降ろうと槍が降ろうとワンポイントガイドは絶対に休まないということだった。それ以来現在までただの1回も休んだことはない。ある雨の強い日、入園者が4人しかいない日もあった。その、たった4人の客を飼育係たちが囲んでガイドしたこともあったという。』
『僕たち飼育係が凄いと思ったことは、お客さんにとっても凄いことだし、僕たちが当たり前だと思っていたことを、へえっと驚いてくれることもあった。お客さんが何を見たいと思っているのか、何が凄いと感じているのかを肌で感じてきたことが、今の仕事の原点になっていったと思います。』
『旭山動物園はもういらないって言う声も強くなってきていたけれど、どんなに市役所が動物園はいらないといったって、多くの市民が味方してくれれば、動物園がなくなることはないわけですから。旭山動物園のオーナーは市役所ではなく市民なんです。その市民を味方につけるために、私たちは、動物の魅力を語らなければならないと必死だったんです。』(小菅さん)
『ワンポイントガイドだけではない。動物園の看板はすべて手書きで、各飼育係が毎日のように更新した。』
4.自分たちのしたいことをする
現状の制約に流されず、自分たちが考える理想の動物園を堂々と長い時間をかけて生み出し、具体的なイメージに描きあげています。
『こんなことを言うと菅野さんに怒られそうですが、僕たち飼育係は、カネがなくても楽しかったんだよ。好きな動物たちの世話ができて、飼育係としての誇りを持って仕事をしていたからね。ないものはない、だったら、ないなりにできる方法が絶対にあるはずだ、と考えるようになったわけ。』(あべさん)
『当時は、確かにカネがなかった。よくその頃は旭山動物園の冬の時代だとか、お金がないことが「負のイメージ」として捉えられているけれど、やっている僕らは全然関係なかった。誇りを持ってできる仕事があるということほど、幸せなことはないからね。小菅さん、牧田さんと毎日のように動物園とは何ぞやという話をしていた。そういう話の中で辿りついたのは、一番大事なことは動物園の哲学を持つということ。』
『そんな頃小菅さんとあべさんのもとに、園長の菅野さんがやってきた。「もう何年かしたら、あなたたちの時代が来るのだから、今のうちに将来の動物園像をまとめておきなさい。」小菅、あべ、牧田、坂東さんが中心となって将来の動物園像をまとめることにした。「それぞれに担当を決めて、じゃあお前はアザラシ、お前はホッキョクグマとか。それで、将来のホッキョクグマ舎はこうだって言うようなアイディアを持ち寄って、話し合ったんだ。それをレポートとしてまとめていったわけ。僕は絵が得意だったから、そのレポートをイラストに起こしていったんだ。」(あべさん)』
『このとき描かれたのが「奇跡を起こした14枚のスケッチ」として有名なイラストだ。「私たちの考える理想の動物園は、動物が幸せに暮らせて、それを見ているお客さんも幸せになれる施設。そして私たち人間が動物への恩返しとして、彼らが地球から絶滅しないようにするための働きをする施設というものでした。そのために動物園が見失ってはいけないものは、動物の魅力を多くの人に伝えるということです。動物の素晴らしさをお客さんに伝えることによって、その価値をみんなで共有し、地球の野生動物をいかに守るかということを訴えることができるのは、動物園だけなんですよ。だから動物園の存在意義はそこにある。動物がいるからこそ、私たちは心豊かに過ごしていけるんだとか、動物がいるからこそ自分たち人間も生きていけるんだということを、少しでも多くの人たちが考えてくれるようになることが、動物園の最大の存在意義だと考えた。この考えをベースに、私たちはいかに動物たちが快適に、そして幸せに暮らしていけるか、そして、生き生きとした動物たちをお客さんに見てもらえるかを具体的に考えていった。魅力的な動物園にするには、それぞれの施設を、こう配置して変えなければいけない。そのためにはどうすべきかと、延々とスケッチを描いていったんです。」(小菅さん)』
『画用紙の上には次々と「夢の動物園」が描かれていった。それは楽しい作業だったと、当時のメンバーはみんなそう振り返る。とはいえ、展示施設を新設するどころか補修のための予算さえ認められない現状では、文字通り「夢物語」でしかなかった。』
『スケッチに描いた理想の施設は予算など度外視していたよ。いつ現実のものになるかという確約もないからね。でも、だからこそ純粋に理想を追求できたんだと思う。そして、これまで頭の中で考えてきた理想像を、レポートやイラストなどで具体化して持つことによって、自分たちに飼育係としての誇りや仕事に対する自信がますます強くなったような気がする。北の果ての小さな、カネのない動物園だけれど、目指す動物園はどこにも負けないっていう自信がね。』(あべさん)
5.真実を語ること、隠しごとのないこと
廃園のリスクを負いながら、市民を裏切らないことを優先し、伝染病の現状を公開し、逃げずにその対処を行った歴史があります。
『1993年からの1996年までの4年間は、旭山動物園が閉園に最も近づいた年である。キタキツネによって媒介され、人間にも伝染するエキノコックス症によって人気者のゴリラとワオキツネザルが死亡。この事実を公表することは、動物園唯一の味方である市民を動揺させ、最低入場者数を更新している旭山動物園に致命的なダメージを与える可能性がありました。しかし菅野さんと小菅さんは公表を決断し、記者会見に臨んだ。2人は事実を何一つ隠すことなく伝えた。「確かに危険な病気ではあるが、正確な知識と適切な対応を取れば人に感染する危険性は殆どないということ。早期診断で治療法があること。事実を隠すと市民は裏切られたと思うでしょうからね。せっかく動物園の味方になってくれ始めた市民の信頼を裏切るようなことは絶対にしたくなかったんです。」』
『結局新聞社は人にもすぐ感染するといイメージでいたずらに不安を煽る記事を1面トップに掲載。旭山動物園に行けばエキノコックスに感染する、という風評が広がった。会見後、旭山動物園の事務所には問い合わせや苦情の電話が殺到。子供の体調がおかしいと、泣きながら訴える母親もいた。結局その年は、通常の冬季閉園より2ヶ月早い8月末に、旭山動物園の歴史上初の早期途中閉園となる。』
『あの時は菅野さんと小菅さんを改めて見直した。だって、普通は逃げるよ。隠す事だってできたんだから。実際にそういう動物園もあったしね。それをあえて、正直に話して、袋叩きにあって、それでも戦い抜いた。加えて、前代未聞の大事件の渦中にあっても、飼育係たちが動物園本来の仕事をしっかりこなしていたからこそ、2人も心配しないで戦えたんだと思う。』(あべさん)
6.行動展示の哲学:演出のないありのままの凄さ
人間が動物の価値を決めない。動物本来の魅力をありのまま伝える努力。地元の普通種を中心に展示。3分の1は北海道産。
『アザラシは確かに珍しい動物ではないけれど、表情豊かで本当に面白い動物なんですよ。こんなに面白いのに、何でその魅力がわかってもらえないんだろうと悔しかったんです。客寄せパンダという言葉がありますが、その言葉通り、動物園はこれまでパンダやコアラ、ラッコなどの話題動物を飼育して客を呼ぼうとしてきた。でも、それは人間が勝手に動物の価値を決めるということです。その結果、日本の動物園は行き詰ってしまった。どんな動物でも、みんな素晴らしい生き物です。それは飼育係である僕たちが一番よく知っている。だからブームを追いかける、これまでの日本の動物園の姿勢への反省もこめて、あえて地元の動物である普通種のアザラシをやりたいと思ったんです。』(坂東さん)
『考え方は至ってシンプル。動物には面白い側面が沢山ありますが、従来の展示方法ではそれが伝わらなかった。それは博物館のように動物の「姿」を見せていただけだからです。僕たちは動物の持っている習性や能力を伝えたかった。アザラシ館も彼らが水平だけではなく垂直に泳ぐ修正を知っていたから生まれた発想です。居心地の良い場所を作り、そこで生き生きと能力を発揮する動物を見て人が感動する。その感動から動物や自然環境の問題に少しだけ思いをはせる。それが旭山動物園の考える行動展示なんです。これからも、いわゆるスター動物といわれているようなものではなく、身近な動物たちの魅力を引き出していき、それを見てもらうだけですよ。海にも陸にも生き物がいるんだという、当たり前のことを当たり前にやって見せるだけ。それ、初めて胸が張れる。今の動物園の発想とは徹底的に逆に行ってやろうと思っています。徹底的に普通種で。普通種の動物でも、こんなに魅力的なんだということを追求していきたい。それが認められるようになれば、日本の動物園の考え方も変わってくると思いますから。』(坂東さん)
旭山動物園が問う「事業とは」
以上に挙げた6つの項目が「旭山動物園成功の要素」というつもりはありません。しかし、少なくとも旭山動物園での出来事は、一般的な企業社会の常識を疑い、「事業とは何か」をもう一度考える大きなヒントになるのではないかと思います。
【2007.1.29 樋口耕太郎】
*(1) この年以降毎年のように追加されている施設には新たな予算が組まれています。いずれにしても他施設とは比較にならない程の高収益率であることに変わりはありません。
参考文献・資料:
小菅正夫 『旭山動物園園長が語る命のメッセージ』
週刊SPA!編集部編 『旭山動物園の奇跡』
坂東元著 『動物と向き合って生きる』
旭山動物園監修 『幸せな動物園』
主婦と生活社編 『感動!旭山動物園』
『プロジェクトX 挑戦者たち 第IX期 旭山動物園 ペンギン翔ぶ~閉園からの復活~』