「ホテル事業という生態系」では、経営上の課題を個別に捉えて対処するよりも、事業という生態系を理解し全体のバランスをとりながら対処することが経営効率を著しく高める、という趣旨のコメントをしました。これに加えて、ホテルのように資本集約的な事業では、資本の回収サイクルと事業収益のバランスをとること(建物・基本設備・什器備品投資の回収サイクルと単年度ごとの事業収支や資金繰りのバランスをとること)が劣らず重要だと思います。資本コストとキャッシュフローのバランスと表現することもでき、これは金融的なテーマでもあります。これらのイメージをかっこよく表現すると、事業の生態系(「空間」)と資本の回収サイクル(「時間」)のいわば「時空バランス」をとりながら最適解を求め続ける四次元パズル、という感じでしょうか。

破綻させない経営
僕はホテル金融においてなによりも重要なことは、「事業を破綻させない」ということだと思っています。そして企業が破綻に至る時の「金融的な分岐点」の把握が必要だと感じました。すなわち、ホテルはどのようにして破綻するのか、その原因は何か、ホテル事業の最大のリスクは何か、どのようにしたら回避できるのか、という問いに対して自分なりの明確な回答を出す作業です。不思議なもので、「破綻しない経営」をしっかり心がけていると、非常に収益力の高い事業経営が実現できるような気がします。

ホテルの破綻事例や運営が行き詰って資産を手放すケースの多くはこの金融バランスの見誤りに起因しているのではないでしょうか。不動産投資・運用事業の最大のリスクは借換えにあると言われていますが、ホテル事業の場合はそれに加えて、有限な建物の耐用年数と永続すべき事業のバランスをいかにとるか、という特殊なテーマが加わります。これらの金融バランスは事業の命運を分けるテーマだと思うのですが、一般的なホテル運営の現場ではそれ程の認識はないように思いますし、金融のメカニズムをよく理解して運営を行っている総支配人も今のところあまり多くはなさそうです。

トリニティのホテル金融論
だからといって、現場で活躍するべきリーダーが小難しい金融理論を一から勉強する必要はありません。僕がホテル会社の社長だったら、総支配人に最低限望む金融的理解は基本的に一点だけです。

「ホテルを破綻させないための運営の最低水準は、総投資額を物件の残存耐用年数で割った額に等しい単年度事業収益を税引き後で生み出すこと。」 ここでいう事業収益は金利支払前、減価償却費差引き後です。なお、この額に支払法人税と減価償却費を足したものがGOP*(1)です。

そして、この考え方のポイントは三つです。①例えば、40年で回収しなければならない資本は、各年度でその1/40を回収できなければ、会社が破綻に一歩近づくということ、②全ての資本コストは税引き後で負担するということ、③全ての資本コストは運営によってのみ賄われること。

この点を十分に認識しながら経営をするだけで、破綻を回避することができるホテルは驚くほどの数になると思います。このポイントを絞っているのは、おいしい料理と同じで、効果的な金融を実行する際に最も重要なものは、テクノロジーや手法ではなく素材、つまり事業収益とキャッシュフローだと思うからです。これをしっかり生み出し正直な経営を行っていれば、技術の進歩した現代金融において資金調達に不自由することは考えづらいという考え方がベースにあります。

例えば土地の取得簿価10億円、建築コスト30億円(総投資額40億円)、年間売上20億円の新築ホテルで、建物の実質耐用年数が40年だとすると、単純に考えて年間1億円(40億円÷40年)の税引き後現金を生み出さなければ、いずれどこかの時点で破綻するという前提で各年度の事業を計画・実行するのです。計算の際、減価償却分は同額を追加投資・修繕維持に充てる想定として、この計算からは除外します。つまり、この例では経常利益2億円(減価償却後、金利支払前、法人税前)=法人税1億円*(2)+資本コスト1億円という水準、すなわち単年度の経常利益が最低2億円なければいずれどこかの時点で破綻する、つまりこの水準が会社を破綻させない最低限度の運営水準であるという認識で経営を行うということです。

ちなみに、この会社の減価償却費が年間1億円だとすると、税前営業キャッシュフローは3億円、税引き後のフリーキャッシュフローは2億円、ホテル運営者が重要視するGOP は3億円、GOP比率は15%(3億円÷20億円)という計算になります。なお、この運営水準では投資家が受け取る余剰利益は実質的にないという考え方ですので、事業的に価値を生むためには、この水準を運営実績がどれだけ上回るかが評価対象となります。

なお、この原則はホテル事業が賃貸によるものであろうと、自社所有によるものであろうと同様に適用します。この資本コストはホテル事業に付随するものであり、誰が負担するかどうかは別として運営利益を原資として負担せざるを得ないためです。

非常識?
このルールは、ホテル経営の具体的なイメージを持たない方が聞くと「そんなものか」と思われる程度かもしれませんが、総支配人などホテル運営経験をお持ちの方にとっては奇異に感じられるのではないでしょうか。第一に、資本回収にかかる資本コストを税引き後で計算する点。第二に、これと関連して、減価償却費が損金として(税引き後扱いで)計上され、それに対応する現金が企業に内部留保されるのに、なぜわざわざ税引き後の資本コストが別途必要と考えるのか。第三に、土地なども合わせた総投資額を物件の残存耐用年数で割るのか、なぜ減価しない土地の取得額も含めるのか、そしてなぜ簿価や再調達価格ではなく総投資額を基準にするのか。第四に、同様の計算であればなぜ単にGOP15%を目指す、というガイドラインではいけないのか、が代表的な疑問ではないでしょうか。

資本コストを税引き後で計算する理由
第一の疑問について、経営者が土地取得費用と建設コストを全額借入金で賄いホテルを開発した、と想定すると分かりやすいと思います。前出の例では借入金40億円を返済するための資産(つまりホテル)の実質的な耐用年数が40年であれば、この年限内で返済しなければ債務不履行が生じるのは明らかです(建物が老朽化してなくなってしまった後では返済原資を生むことができません)。そして当然のことながら、借入金の元本は税引き後のキャッシュフローから充当しなければなりません(税務署は借入金元本の返済を損金扱いにしてくれませんので)。

また、上記のように借入をする必要がない程の大富豪が、全額自己資金で同様のプロジェクトを行ったとしても、基本的に考え方は変わりません。投資家が全額自己資金で40億円の投資を行い、税金を支払った後の資本コスト(年間1億円)を40年間で回収したとして、投資家の投資収益は0%であり(投資額と同額を40年で回収しただけですから)、これなら国債か定期預金をしていた方がよっぽど賢い投資ということになりそうです。投資収益0%以下で資本を提供する投資家は基本的に存在しないという考え方に基づくと、やはりこの水準が事業存続の最低水準になるのではないでしょうか。

なお、以上の計算において、投資家が土地建物の総額を借り入れるために差し入れるであろう債務保証のコストや借入金利などは除外して計算していますので、まさに破綻に至らないための最低水準の目安であるということがお分かり頂けるのではないでしょうか。

減価償却費を資本コストの計算から除外する理由
第二の疑問について、建物を必要とするホテル業の宿命として資産の営業価値が毎年減価することは避けられません。減価償却費はこの営業価値を維持する目的で支出されるべきで、この費用は建物躯体の回復費用というよりも運営費用の一部として常に見積もられるべきだと思います。現実には、単に資産の維持・回復だけではなく、施設・備品の機能が陳腐化するため、グレードアップを含む継続的な追加投資によって始めて営業価値の現状維持が可能であるという状態がむしろ一般的で、減価償却費の範囲内でこのような追加投資を成功させるのはそれほど容易ではありません。

なお、その実質的な営業価値の減価が税務・会計的な減価償却額と同等であるとは全く限らないのですが、いたずらに前提を増やして経営的に直感しづらい複雑な推定額を算出するよりも、これらを便宜上同等のものとして計算するものです。また、概念的には、40年目終了時点には減価償却の範囲内で追加投資してきた資産価値が物件に付随すると考えられますが、躯体の取り壊しを想定したときにはやはり除却扱いせざるを得ないという一応の考え方をしています。

総投資額を基準に考える理由
第三の疑問について、土地の取得費なども合わせた総投資額を(建物の残存耐用年数の期間内で)回収すべき資本の額とする根拠ですが、残存耐用年数、つまりプロジェクトが収益を上げることができる期間内に、土地・建物の取得に要した資本を全額回収すると想定するためです。この場合、耐用年数が経過し、建物が取り壊された時点では担保設定のない(担保余力のある)土地が残り、これによって再開発の資金調達余力が生まれるという想定によります。

GOPを基準にしない理由
第四の疑問について、トリニティのホテル金融理論の計算式で求められる最低事業収益とGOPは似て非なるものです。シンプルな例として、このホテルが開業20年後に売却され、新たな投資家の手に渡ったケースを想定します。売買価格が開発時の簿価と全く変わらないと仮定したとき、このホテルは新しい投資家にとっても総投資額40億円というプロジェクトになりますが、建物の築年数は既に20年が経過しています。

実質的な耐用年数は残り20年ですので、上記の計算によって、経常利益4億円-法人税2億円=資本コスト2億円(40億円÷20年)、すなわち最低4億円の税前、償却後、金利前営業利益を生む必要が生じます。前例と同様に減価償却を便宜上年間1億円とすると(中古物件については税務・会計上加速償却が認められていますが、ここでは無視します)、GOPは5億円、GOP比率25%という水準が新たな企業存続の最低ラインということになります。

その他、GOPを基準にする欠点は売上高にリンクしているという点です。資本の回収という長期的な事業の存続に関する概念は単年度の売上高ではなく、資産の取得簿価にリンクしたものであるべきだと思いますし、GOP比率は売上が上昇すると下がってしまう可能性もあります。

サンマリーナホテルの事例
僕が経営を担当していたサンマリーナホテルは、総投資総額約28億円、建物残存耐用年数20年、年間売上20億円でしたので、年間1.4億円(28億円÷20年)の税引き後、金利支払前、減価償却後の事業収益が早急にクリアすべきひとつのターゲットと考えていました。実際には繰越欠損金を利用したこともあり、2年目で約1.3億円の税引き後利益(税前相当では約2.5億円に相当します)を達成し、短期間で最低ラインをおおよそクリアすることができ、余裕を持って成長イメージを構想できるようになりました。

ちなみに、個人的には残念なことですが、その直後サンマリーナホテルは親会社の方針転換によって推定約57億円という高値であっさり売却されてしまいました。企業存続の最低ラインをクリアする経営を実行することで、大きな企業価値が生まれることを計らずも証明してしまった形です。反面、これによって新しい投資家がクリアすべき運営水準は年間2.9億円(57億円÷20年)と倍増したことになります。更に推定10億円以上の追加投資を検討しているとされていますので、これを加えると当初の約250%の予算、年間3.4億円(67億円÷20年)の事業収益が(いずれも、税引き後、金利支払前、減価償却後)破綻を回避するための最低ラインとして現場に降りかかることになります。

このように、ホテル資産は売買時において資本家と従業員の間に最大のコンフリクトが生じるのですが、資本家はこのメカニズムを従業員に対して明らかにしていないように思えます。僕はこのような理由でホテルは可能な限り売買するべきではない、特に高い簿価で取得するべきではないと思っています。

全ての資本コストは運営によってまかなわれる
以上の考え方は一般的なホテル運営者から見れば甚だしく非常識に思えるかも知れません。先出の投資額40億円の例では昨日までGOPの最低目標は3億円15%であったのが、21年目に入り、オーナーが代わったというだけで、その水準が一夜にして5億円25%に跳ね上がるのですから。しかし現実には、新築のホテルと築20年のホテルで運営目標が同じということの方が理屈に合わないような気がします。

結局、(その他の条件に全く変化がない場合)築21年目のホテルを開業当時と同じ額で取得した新しい投資家がそのような投資/収益構造を自ら招いているのです。そのような投資家の事情は運営者とは無関係という考え方が一般的であることは理解できます。しかしながら、考えれば当たり前のことなのですが、資本家の投下資本は資産の売却を行わない限り、運営によってしか、それも税引き後の運営収益によってしか回収することはできないのです。したがって、それが運営上どんなに理不尽に見えるものであれ、資本家が下した決断は運営によってしか帳尻を合わせることはできないという現実を運営の前提条件として認識することが、事業を破綻から回避する有効な方法だと思います。

次回?に続く…
では、以上が事実だとして、なぜ外資系に代表される投資家はこれほど大量に高い簿価で資産を取得し続けるのでしょうか?また、現実には上記の運営水準を単体でクリアしていないホテルが少なくないと思うのですが、なぜそれでもホテル事業が成り立っているのでしょう?これは広い意味で金融的なメカニズムが働いているためです。詳細については別の稿で解説したいと思います。

【2006.12.11 樋口耕太郎】

*(1) GOP: Gross Operating Profitの略称。営業利益(税前・金利支払前)に資本コスト(地代家賃+法人税+減価償却費)を足し戻して計算されます。ホテル運営会社とオーナーの間で運営手数料を設定する際にこの指標を基準に決められることが多く、一般的にホテル運営者がオーナーに対して「責任を持つ」指標と考えられています。

*(2) 法人実効税率: 資本コストの算出において、実際にはもう少し少ない率が適用するのですが(実効税率は法人ごとに異なります)、日本内国法人の実効税率を50%として計算することにしています。日本の債務残高、地方公共団体その他隠れ債務の額とそれぞれの財政事情をみれば、(特に40年間の見積もりにおいて)将来の増税の可能性を無視するほうがむしろ不自然だと思うからです。