トリニティアップデイト はトリニティ株式会社(「トリニティ」)によるブログセクションです。執筆者は樋口耕太郎と末金典子です。主なテーマは、①トリニティウェブサイトで表現しきれない応用概念、経営各論、具体事例の補足、②トリニティの企業理念「いま、愛なら何をするだろうか?」を、経営・事業環境で応用するための具体的な議論、そして経営とは切っても切れない、③人とは、生き方とは、人間関係とは、より良い社会とは、人と事業と社会の関わり、などです。
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トリニティは、ホテル、金融、航空会社などの労働集約的サービス業を対象とする、事業再生・経営受託の専業会社です。詳しくはウェブサイト、会社概要などを参照ください。
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ウェブサイト作成の辞退者が続出
このウェブサイトは完成するまでに実に10ヶ月を費やしています。トリニティの会社設立が今年2月3日ですが、それとほぼ同時にウェブサイトを作成しようと考え、自分たちのつてや、紹介を頂いたりしながらウェブサイト作成をして頂ける方とお会いし始めました。作成に関心を持っていただいた方には、実際にお会いして、僕たちがウェブサイトを通じて(あるいはウェブサイトに関わらず)伝えたいこと、伝えたくないこと、僕たちがこのような事業を行うことに至った経緯や出来事、僕たちの事業の目的、なぜそのように考えるか、などを2・3時間くらいかけてお話します。長時間話すのが良いというわけではないのですが、トリニティの事業の背景を聞いてもらおうと一旦話し始めたら最後、気がつくとかなり時間が経ってしまっていることもしばしばで、一部おもしろがって聞いて頂いた方はいるかも知れませんが、内心閉口していた方も少なくなかったかも知れません。
何社に話を聞いていただいたか正確に覚えていませんが、結局みごとなくらいに軒並み断られました。やんわりお断りいただくのはいい方で、人によっては二度と連絡を頂けなかったり、かなり間の悪い間隔があって相当食い違った気まずいプレゼンテーションになってしまったり。始めは熱心に聞き入っていただける方も、だんだんとクライアント(僕)の暑苦しさに押されて、「これは厄介なものに足を踏み入れてしまった」と考えられたかどうだか。
このような惨憺たる状態に陥ったため、数ヶ月経った頃にはウェブサイト作成はほぼあきらめていました。積極的に依頼先を探すことをすっかり止めてしまったころに、今回の作成者、株式会社クリエイターズユニオン の吉田正男さん、打田武史さんに偶然お会いしたことから、ようやくウェブサイトの完成に至ります。クリエイターズユニオンはCMや映画などの芸術的な映像作成が主力ですが、彼らのように映像技術とデジタルメディア双方を理解する質の高い社員を擁しています。美しく機能的な作品を生み出すだけでなく、クライアントの考えにじっくり耳を傾け、より良いものは何かを一緒に追求する真摯な姿勢が本当にすばらしいと思いました。
代理店泣かせ
実は、このような経験は初めてではありません。サンマリーナホテルの経営をしていた時に独自の新聞広告のシリーズを行おうと考え、多くの広告代理店さんと今回のウェブサイト作成と似たような状況に陥ったことがありました。また、細かいことでは名刺の作成ひとつでも印刷会社さんにさんざん作業をさせてしまったことがあります。昔からクリエイターや業者さんにとっては「無理難題かつ意味不明の仕事を発注する不可解かつ悩ましいクライアント」のようです。
僕たちが広告などを発注するたびに「悩ましいクライアント」現象が起こる原因はなんとなく分かっています。一般的な広告代理店業務は「クライアント企業や商品のイメージを高める目的で、ウソにならない範囲で(あるいは多少のウソが混じっても)お化粧をして消費者に伝える作業」、でありがちな反面、僕たちはウェブサイトでも、新聞広告でも、名刺ひとつでも、メディアと広告が果たすべき最大の役割は、企業の本心を表現することだと考えているためだと思います。僅かな違いのようですが、両者は根本的に異なる性質のものです。興味深いことに代理店の方からは「おっしゃることは分かりますが、本当に伝えたいことはなんでしょう?」という趣旨の質問を頻繁に受けました。どうやら僕たちの「本心」が本当に本心だということが信じられなかったようです。
僕たちの考えに基づいて広告(やウェブサイト)を構成するということは、広告代理店(やウェブサイト作成者)にとっては、消費者の視点よりも企業の自然な在り方への理解を優先し、「プロの仕事」をするよりも企業に共感する必要が生じ、納期を厳守するよりも自分らしく楽しく作業することを優先し、優れたデザインやスタイルを生み出すよりもウソのないありのままの企業の考え方を深く理解する必要が生じます。つまり、「企業のお化粧をそぎ落とし、企業の真実を探し、理解し、そのエッセンスを抽出して広告というメディアで表現する作業」といえると思います。こんな話になってくると、大概のクリエイターさんは、「訳がわからん」という気持ちになってくるのも確かに無理ありません。
真実と広告効果
このような「こだわり」には事業的な根拠があります。既に始まっている今後の社会では、情報の質、特にその情報が真実であるかどうかによって、伝達される範囲、速度、コストに想像を絶するほどの差が生じるためです。
そして、情報の伝達範囲、速度、コストが大きく変化するということは、企業における販売とマーケティングのあり方が根本的に変るということを意味します。僕は、ひょっとしたら販売とマーケティングの概念が近い将来殆ど不要になるのではないかと考えており、その可能性を勘案しながら事業戦略を構築しています。実際僕が経営を担当していた頃のサンマリーナホテルではこの点に途中から気がつき広告宣伝を大幅に削減したのですが、ホテルの評判の向上に伴って顧客が増加し続ける現象が生じています。現在の一般的な企業において販売とマーケティングがどれほど重要な経営課題として位置づけられているかを考えれば、その変化が企業に与えるインパクトは相当なものになるでしょう。
シンプルな経営
真実であるということは飾られてないということでもありますので、ウェブサイトなどの作成に当って、いかに情報をそぎ落とすかということが重要な作業になりました。重要なことは、広告が真実であるためには、経営そのものがシンプルにデザインされていなければならないと言うことを意味し、広告とメディアが事業と経営と一体化する現象が生じます。事業と経営のあり方そのものが広告、販売、マーケティング機能を持つと表現した方が正確かも知れません。このような企業では、今まで事業の一部門だった広告機能が限りなく経営に近くなることになるでしょう。
経営において、いかに加えるかというテーマに取り組み実行することは比較的容易ですが、運営機能の一部を効果的にそぎ落とす決断は非常に難しいものです。しかしもし実行可能であるならば、効果的にそぎ落とされた運営は、極めて効率の高い事業構造と結果を生み出すでしょう。また加えることは比較的試行錯誤が可能ですが、そぎ落とすためには、本当に事業の細部かつ全体のバランスについて知り尽くしていなければ実行することは困難だという面白みがあります。
例えば、5つのレストランを有する高級ホテルよりも、ひとつのレストランで高級ホテルを経営する(もちろん顧客満足度はあまり変わらずにと言う前提です)方が一般に難しく、もしこれが可能であれば事業効率は飛躍的に上昇します。情報管理にコストと人材を投入するよりも、開示されても全く支障のない事業運営をする方が遥かに高い事業効率を生み出します。人事上の不公平を是正するために細かい規定を構築、運用するよりも、全面開示を前提に運用を行う方がよほど会社を強くします。人事評価を正確にするために人事考課の基準を複雑にするよりも、いっそ一つか二つくらいに減らしてしまった方がフェアな人事が実現します。
バークシャー・ハサウェイ
バークシャー・ハサウェイ はこのような経営イメージが少し重なる会社で(もちろん会社の規模や実績は比較になりませんが)今回のウェブサイト作成に当ってもバークシャーのサイトをいろいろ参考にして見ました。バークシャーは投資家ウォーレン・バフェット氏が経営する上場会社(ニューヨーク証券取引所)で、連結総資産2100億ドル(約27兆円)、連結総売上810億ドル(約10兆円)という、破格に成功した投資会社の代表銘柄でありながら、一貫して本社をネブラスカ州オマハという田舎都市に置き、連結従業員約19万人を擁しながら本社職員は役員を入れて17名であるなど、非常に独特な価値観によって経営されています。ホームページをご覧になって頂ければ明らかですが、飾り気のない(ダサい?)実質本位の構成は却って新鮮に感じます。デザイン的には美的でも何でもないのですが、企業の在り方を表現するという視点においては、考え抜かれた無駄のない構成だと思います。日本の大企業がこのように素朴なホームページを作成することを想像できるでしょうか。
バークシャーの年次報告書は金融業界や経営者からも毎年注目されていますが、そぎ落とすということが経営においてどのように価値を生むかについて考えるいい参考資料でもあります。年次報告書の中でもバフェット氏が書いているchairman’s letterは特に有名で『バフェットからの手紙』という書名で日本語も出版されています。
【2006.11.11 樋口耕太郎】