9月12日(土)午後7時開講、『次世代金融講座』 第3期 受講者を、以下の通り募集します。

期間: 3ヶ月(9月~11月)
講座: 第二・第四土曜日、午後7時より2時間程度(全6回講座) 第一回目は9月12日(土)午後7時~
場所: 那覇市『厚生会館』(みずプラッサB棟3階)  那覇市おもろまち1丁目1番2号3階
講師: 樋口耕太郎
定員: 50名
受講料: 3万円(消費税込、全6回講座分、学生は1万8千円)
受講資格: 業界・職業など一切不問
お申込み: 本ページ右下の「お問い合わせ」をクリックして、以下の内容をご送付下さい

①お名前
②メールアドレス(できれば、数メガバイトの受信容量があるもの)
③ご所属と簡単な担当業務・役職
④ご希望など(もしあれば)

講座内容: 次世代社会において機能する金融とは、経営とは、事業とはを問い、より良い事業や社会を構築するための処方を模索します。講座内容とその大まかな配分は、2講座ずつ3つのテーマに分かれるイメージです。経営者が自分の視点を変えるだけで、この世界がいかに可能性に満ち溢れているか、事業や社会を良くすることがいかに容易か、を再認識することが本講座の重要な目的のひとつです。本講座は「我々の常識を健全に揺さぶる」試みでもあり、いずれのテーマについても「一般的」な経営・経済・金融論と異なる視点を多く含みます。

第一回・第二回: 経営・事業・人事
第三回・第四回: お金の本質・企業金融・グローバル経済
第五回・第六回: 沖縄地域経済・農業・事業戦略・リーダーシップ

本講座は、6回の講座によって、ひとつの大きな世界観(社会の生態系)をお伝えする試みでもあります。可能であればもちろん全6回のご出席をお勧めしますが、途中回を欠席せざるを得ない場合であっても、それぞれの講座は単独で受講して十分意味あるものとして構成されています。高度な概念を大量に扱いますが、誰にでも分かりやすく平易に伝えることを重要視していますので、受講に際して金融知識、経済知識、経営経験などは一切不要です。

受講者の皆様へのメッセージ:


樋口耕太郎

問題の根源を特定せずに行う、全ての問題解決は対症療法に過ぎません。その前提において、「組織や事業や社会の改革を叫ぶよりも、まずは社会の生態系を理解して問題を特定することの方が遥かに重要である」、という仮説が成り立ちます。世の中に「問題解決」を行う人が無数に存在しながら、社会が一向に改善しないように見えるのは、それぞれの方法が間違っているというよりも、問題の根源が特定されていないからではないでしょうか。結局、なぜ社会は今のような姿なのか、そしてそれはどのようにすれば治癒できるのか、に対する根源的な回答は、それぞれひとつずつでなければならず(それが「根源」ということの意味ですので)、それ以外の対処は長期的に問題を拡大することにしかなりません。

逆に考えると、始めに根源的な問題を特定することのみが、本質的な問題解決のプロセスであり、我々が本当に社会を良くすることを望むのであれば、それ以外の対処は無駄とはいわないまでも、著しく非効率です。したがって、どの組織でも、政府でも、とうの昔に、「問題の根源」を特定していてしかるべきなのですが、これほど単純な原理が社会で殆ど議論されていない最大の理由は、人々が自覚しているか否かに関わらず、問題が解決してしまうと職や地位を失う人があまりに多いから、あるいはほぼ同様の意味ですが、自分自身のあり方そのものが問題だからなのかもしれません。すなわち、社会が改善しない最大の理由は、我々自身がそれを望んでいないからである可能性が高く、それ自体もひとつの大きな問題を構成している、ということになります。

この社会の現状に対して、「王様は裸!」と声を上げるプロジェクトが、『次世代金融講座』といえるかも知れません。我々の人生と社会を真に豊かなものにするためには、生産性を飛躍的に向上させることが不可欠ですが、それは現代社会が我々に求めてきたように、今の倍、更にその倍・・・と働き続けることによってではなく、そもそも我々自身と現代社会の在り方が著しく非効率であるということを自覚し、その事実に向き合うことによって可能です。映画「マトリックス」で、人類の救世主となるネオが、真実を知るための「赤い薬」と、知らぬが仏の人生に戻るための「青い薬」の選択を迫られ、「赤い薬」を手にします。次世代社会に翻弄される「青い薬」と、次世代社会を切り開く「赤い薬」、あなたはどちらを選択しますか?

地獄と極楽のお話
ある人が地獄と極楽の見物に出かけようと思い立ちました。まず地獄へ行きました。そこではちょうど大きな円卓を囲んで、大勢の人たちが食事をするところでした。その人々の姿は娑婆(しゃば)に住む私共と変りありませんでした。大きな円卓の真ん中にご馳走が山と盛られてあるので、普通の箸では届きません。皆がそれぞれに五、六尺(2メートル弱)もあるような長い箸を持っています。ところが箸があまりにも長すぎて、折角挟んでも自分の口に運ぶことができない。持ってくるまでに人の口に入ってしまうのです。人に食べられてなるものかとみんな我れ一になって、自分の食べることばかり考えるものですから、長い箸と箸が音をたてて交錯し、結局、ご馳走は卓上に散乱して、誰一人として満足に食べることができないのです。食べようとして食べ得ざる時、人の心は焔となって怒りの火を発するのです。

ところでその人は次に極楽を見に行きました。極楽も地獄も人そのものの姿には、全く相違はありませんでした。食事の時になりました。大きな円卓の真ん中にご馳走が山のように盛られてあり、人々は長い箸を持っている。それもまた地獄と全く同じことでした。ところが、ここではその人々がそれぞれ、自分のお箸に挟んだご馳走を「これはおいしそうでございます。お一つ如何ですか」と人の口へ運んであげています。「結構なお味でございます。あなたさまも如何ですか」とお互いがお互いに食べさせあっているのです。有難うございます。おお勿体ないことと食事は実に和やかに進んで、みるみるうちにご馳走はなくなってゆき、最後には「ありがとうございました。ご馳走さまでございました」とみんな喜び合い、感謝し合いながら終わったというのです。(高田好胤著『己に克つ』より)

地獄と極楽のお話に沿って『トリニティ経営理論』を要約すると、「自分の箸だけで食べるよりも、お互いに食べさせあった方が豊かで効率が良い」という、当たり前のことを言っているに過ぎません。

地獄で食事の優劣を競う現代企業経営
現代資本主義社会の企業経営は地獄でご馳走を食べようとする姿に見えます。2メートル近くもある箸は企業の保有資産≒バランスシート≒企業価値、食べることができた僅かなご馳走はフリーキャッシュフローといったところでしょうか。企業は「効率よく」ご馳走を食べるために、例えばさまざまな箸の研究開発に多額の経営資源を投下します。遠くのご馳走に手が届くように更に長くて軽量の箸を開発した企業は「イノベーションに優れた企業」と呼ばれ、他人が気付かない場所にあるご馳走をいち早く見つけた企業は「先見のある戦略的な企業」と賞賛されるかもしれません。それにしても全体として考えるとき、実際に食べることができるご馳走は、ほんの僅かであり、その僅かのご馳走(収益)を上げるために、膨大な労力が費やされます。膨大な労力を惜しまない人は「成功者」として「尊敬」されますが、その労力が実は著しく非効率かも知れないとは誰も考えません。

効率の良い極楽の食事
トリニティ経営理論では、企業価値は「所有資産の価値」ではなく、「利用可能資産の価値」によって決まると考えます。テーブルの向かいの人々とその人々が持つ箸は利用可能な「簿外資産」であり、簿外資産(他人の箸)の方が所有資産(自分の箸)よりも遥かに規模が大きく(数が多く)、かつ多大な収益を生み出す(おなかいっぱいご馳走にありつく)ために、効率の高い資産であるのは明らかではないでしょうか。そして、極楽の人々が象徴するように、このような「簿外資産」は良好な人間関係によって成り立っています。人間関係に働きかける主な方法は基本的に、利害を提供することと、愛を提供すること、の二種類しかありませんが、皮肉なもので、利害を提供するよりも愛を提供することの方が遥かに「費用対効果」が優れています。

地獄と極楽を分けるものは発想と行動
地獄も極楽も人々の気持ち以外に全く相違点がない、というのが象徴的です。現代経営の課題は、この膨大な簿外資産にアクセスし活用する手法の欠如ですが、この簿外資産にアクセスするために不足しているものは何もない、必要なものは利己的かつ利他的な発想とそれに基づく行動(・・・つまり、愛、ということですが・・・)だけ、ということに気がつくことだ思います。必要なものは発想と行動だけであるため、追加的な資本を殆ど必要とせず、限界的に生み出される事業効率が極めて高い(資本に対して実質的に無限大)という、経営的に重大な特徴があります。

地獄と極楽の相違点は人々の発想とそれに基づく行動だけです。極楽にいる人々は、以下の三点について地獄の人たちと異なる発想と行動をしており、これは愛の定義に基づいた行動原理と同一です。

①    真実であること、隠し事のないこと、
②    相手に一切要求せず、ありのままを受入れ裁かないこと、
③    自分を活かし、相手のためになることを、できることから実行すること、

具体的には、この膨大な簿外資産にアクセスし、比較にならない豊かさを享受するために必要なことは、ハイテク箸の開発でも、合意形成でも、人を出し抜くことでもなく、人にご馳走を差し出すこと*(1) であり、これが、(多くの経営者の常識に反して)合理的な事業行動であるということです。

『いま、愛なら何をするか?』より抜粋再掲 2009.8.2 樋口耕太郎】

*(1) 少々テクニカルな事例になりますが、一般的な沖縄のホテルでは、不測に稼働率が高まるとオーバーブックという現象が起こり得ます。具体的には、例えば200室の客室に対してそれ以上の予約が入ってしまうと、希望するお客様に対して一部特典付きで他のホテルに宿泊を御願いするということになります。オーバーブックをした送客ホテルが費用を負担して次の受入れホテルでのグレードアップをしたり、食事の特典をお付けするなどの対処を行い、お客様にはむしろ喜んでそちらを選択いただくように務めるのですが、その際に送客ホテルが負担する費用は相当な額に上ることがあります。他人の不幸は密の味ではないですが、送客ホテルがお客様の移動先を探す際、受入れホテルは宿泊料を言い値で請求することも多々あり、これが更に送客ホテルの大きな費用負担を招いていました。「事業は競争である」という認識の基にはこのような対応がむしろ当然だと思います。

私が経営を担当していたときのサンマリーナでは、この問題に対処するために、他のホテルの立場を優先してみました。他のホテルがオーバーブックをしてサンマリーナに送客を希望する場合、当方に空室がある限りにおいて、先方の言い値(原価)でお受けするように方針を決め販売担当に伝えました。すなわち、サンマリーナを受入れホテルとする場合、送客ホテルはグレードアップや特典追加をお客様に提供できるにも拘らず、差額の費用が発生しないことになります。・・・すると、当時私もこれほどの効果を予測していたわけではないのですが、サンマリーナが送客する際においても、多くの周辺ホテルが同様の考え方で安価に対応して下さるようになり、この方針を定めた年度以降、サンマリーナでは前年度約1,000万円支払っていたオーバーブック費用が、ほぼゼロとなりました。売上高利益率10%で計算すると、サンマリーナにとっての経済効果は、約1億円分の売上または7,000人分の新規顧客に相当するインパクトです。サンマリーナでは、他社を競合相手とは考えず、助け合うことのできるパートナーと考えたため、それがそのまま事業における現実となりました。財務的にも、昨年度まで「競合他社」と呼ばれていたものが、この年からサンマリーナの簿外資産に変ったと考えることができます。このような発想の切り替えによって、サンマリーナは実質的に保有客室(200室)以上の顧客を受け入れることが可能になったともいえるのです。