お元気ですか?

4月といえば本格的な春の訪れ。
学校や仕事、いろいろなことがスタートして気分も一新、そんな季節ですね~。

私が子供の頃おじいちゃん・おばあちゃんが住んでいたところには
山桜がたくさん自生していました。毎年桜の季節になると
家族やたくさんの人達と一緒に、お庭でお花見を楽しんだものです。
つぼみがふくらんで桜の木全体がほんのりと桃色に色づき、三分咲き、五分咲き、
満開と、山の色が移り変わっていく様子は毎年見ていて飽きることが
ありませんでした。
この桜の花。あっけなく散ってしまうので以前はそこまで好きな花でも
なかったのですが、歳を重ねるにつれて、大好きな花へと変化してきました。
このパッと散るのが潔いというか、儚いというのか、あまりに美しくて、
さすがは国花だけあるなぁなんて思います。

さて、なぜ日本人がお花見を楽しむようになったのでしょうか。
いろいろな説があるのですが、私がいいなあと思うのがコレなんです。

春になり、稲(サ)の神様が里に降りてくる場所を座(クラ)ということから、
その場所をサクラといったそうです。開花は神様が降りてきたしるしといわれ、
その神様と一緒にお祝いをするのが「お花見」の始まりで、元はおはらいの行事
だったそうです。花の下に座ることで花の精気を吸収する健康法(!)でも
あったとか。

沖縄ではこの季節は、お花見というよりは今月いっぱいあちらこちらで行われる
清明祭(シーミー)の季節、という方がぴったりくるかもしれません。
今日はその清明。草木とともに春の花が咲き乱れ、すべてがきよらかで
すがすがしい頃。
清明とは「清浄明潔」の略なのだそうです。

足元に目を向けると、草花たちが元気でいっぱい。
子供の頃は、シロツメクサで花かんむりを編んだものです。オオバコの茎を
引っ張り合う草相撲や、タンポポの茎の風車…。
春の思い出とともに子供たちにも手渡していきたい遊びですね。
腰を下ろして初めてわかるのは土の上の気持ちよさ。日頃の疲れがいつの間にか
とれているはずです。

ところで、サクラというと思い出すのが、私が社会人になりたての頃に新聞で
読んだある記事なんです。

福岡市檜原に、樹齢60年ほどにもなる桜並木があります。
今から20年ほど前、その中の1本が切り倒されました。
もう10日もすれば、満開の花を咲かせただろうに、道路拡張のため、
伐採されてしまったのです。

次の日、残された桜に、こんな歌が結わえられていました。
「花あわれ せめてはあと二旬 ついの開花をゆるし給え」
開花を目前にしての伐採を悲しんだ住民の一人が、歌に託して、
桜たちの命乞いをしたのでした。

詠み人知らずの歌の噂はすぐに広まり、新聞にも掲載されました。
それを眼に留めた当時の市長は、すぐに担当者に再調査を指示。
計画は変更され、桜並木を生かした道が作られることに。
桜の木は、その年の開花を許されただけでなく、人間よりも長いその寿命を
全うできることになったのです。

後日、市長は、桜に返歌を結びました。
「桜花惜しむ 大和心のうるわしや 永久に匂わん 花の心は」

桜を惜しんだ一人の人間のちょっとした行動、勇気が、周囲の人の心を動かし、
行政をも動かしたのです。
自分が何を言ったって世の中はかわらない…
そう、あきらめていませんか?
大切なのは、まず、声をあげてみることではないでしょうか。

確かに、私だって何度もあきらめたことがありました。
選挙の時の選挙カーなんてうるさいだけで、お金の無駄遣いだから
立候補する人全員でやめた方がいいのでは、と新聞にも書きました。
北谷の意味もなく思いやりのない塩川橋について、行政にも、新聞にも
業者にも抗議したこともあります。
老舗○○○のパンで化学性添加物食中毒で倒れた時は、業者さんと
企業のあり方について何度も話し合いました。
全ては徒労に終わりました。

…かのようにみえました。
でも、後になって決してそうではなかったことに気づいたのです。
例えば、私が化学性添加物を食べ続けることの恐ろしさや、
合成界面活性剤で作られたシャンプーやリンスや食器洗剤を使い続けることの
恐さや、無意味な行政のあり方、なんていう話題を経験的にお話ししたり、
またみなさんからもいろいろなお話をしてくださるということの中で、
私の考えも改められたり、より詳しく教えていただいたり、
また逆に、みなさんも御自分の生活にそれぞれ当てはめて考えてくださったりと
いうことが起こってきます。
非難や中傷であってはいけませんが、
正しいことは正しい、NOはNOと声をあげる、これは素晴らしいことでは
ないでしょうか。
そして何より、誰もが持っている、誰もが望んでいる、みんなの温かい想いや
愛を、もっと世の中に広げるべきなのではないでしょうか。

とてもありがたくうれしいことに、ここには本当にたくさんの業種のリーダーの
方々が集ってくださっています。
私は一人でもなく、あなたも一人ではないのです。思いを伝えることで、
いろいろな企業の社長達が社員の方達に何かしら伝えてくださるかもしれないし、
お医者さんの先生達は患者さんやスタッフに、学校の先生達は生徒に、
政治家は庶民に、芸能人やテレビ関係の方ならブラウン管を通して、
記者ならペンの力でというように、ウソのない温かな想いで、
小さなことからでも世の中が変わっていくかもしれないのです。
実際に、翁長市長を囲んで「飛び出せ!市長室 夜の社交会編」を催したり、
新聞記者と経済界の社長達の「ぶっちゃけトーク大会」で盛り上がったりという
イベント的なことも仕掛たりしましたが、基本的には、毎日毎夜、
お一人お一人がお話してくださるいろいろなお話の中に、大きな気づきや学びが
散りばめられているように思います。

あなたもお話くださいね。あなたの想い。

【2008.4.4 末金典子】

お元気ですか?
今日は桃の節句ですね。
この節句は中国から伝わったもので、この日に川で手足を洗って心身の穢れを
祓ったといいます。
日本では、穢れや邪気を、身代わりの人形に移し、川や海に流し、
川原や海辺で干し飯やあられを食べて楽しんだのだとか。

子供の頃、おばあちゃんと母が、飾ってくれたお雛さまの前で、
どうしてひな祭りの日には、はまぐりの潮汁・白酒・ひし餅・などを食するのか
という話をしてくれたことを思い出します。
お膳にはその他、ちらしずし・桜餅・桜漬け・鯛の尾頭付き・ひなあられ・
菜の花のおひたし・白酒などが並んでいましたっけ。
今日もぜひそうやって古式ゆかしく、ひな祭りを祝おうと思っています。

さて、ひな祭りの時期といえば、卒業式があちらこちらで行われていますね~。

私がちょうど40歳になる頃に、あとにも先にもこれ1回きりだけど、
同窓会に出たことがあります。
私の高校は男女共学の公立高校だったのですが、大学進学前の3年生になると、
選択科目コース別クラスに分けられ、文系でなおかつ生物&地学を選択した私は
12クラス中唯一の全員が女子の「女組」へ。
(因みに理数系で物理&数Ⅲを選択した子は12クラス中これまた唯一男子ばかりの
「男組」というのもありました。)
つまり、私の高校3年生時代は、教室の中だけ女子高だったわけです。
その「女組」の同窓会に出てみると……ちょっぴり太ったり、シワを作ったりした
女性たちが御堂筋のホテルに集まって、ちょっと壮観でしたね~。
でも、みんなの話題は「うちの主人は○○に勤めていて」「息子は○○中学なの」
といったふうに、卒業写真の中にはない、自分に加わった価値を競い合っている
ようにみえました。
私の青春時代の教祖さまともいえるユーミンが50歳を過ぎた時に
書かれていたことを、その時ふと思い出しました。
「40歳はまだ生乾き。まだギラギラした部分がいっぱいある。50歳を超えると
幸せが形でないことに気づくから、目に見えるものでは競い合ったりは
しないもの」。と。

「人ごみに流されて変わってゆく私を、あなたはときどき遠くでしかって」。
ユーミンは30年前そう綴っていたけれど、今、学生時代の自分と向き合うと、
愛おしい半面、あの頃の自分をぶっちぎったから今の私がいる、そうも思うのです。
先週末、お客さまがお話されていたことがとても印象的だったのですが、
娘さんの高校の卒業式に列席なさった時、涙が止まらなかった
そうなのです。娘さんがよくぞここまで育ってくれたという想いや感慨とは
別のところで、子供達の答辞や送辞などを聞いているうちに、これからの夢や
希望に溢れた、真っ白で無垢な飾らない純粋な気持ちに触れ、当時の自分や
今の自分に思うところが大きかったようなのです。
変わることは決して悪いことではありません。でも、ちょっと振り返って、
たまには、変わる前の自分に思いを馳せてみるのも、自分を知るいい機会に
なるかもしれませんね。
私が「同窓会に出よう」。そう思った本当の理由は、友達に会うこと以上に、
自分を知るため、だったように思います。

生まれてきた目的は人によって違いますが、すべての人に共通する目的もあります。
それは、「自分を知る」という目的。人はみな、自分が自分になるために
生まれてくるのです。
「私は誰?」
「私は何のために生まれてきたの?」
「私の役目って?」
それはやっぱり自分にしか、自分でしか分からない。
だからこそいつも自分の心の声を聞き、自分が惹かれるもの、憧れるもの、
感じるものを大切にし、「自分自身」を知っていきたいものですね。

別に同窓会に行かなくとも、自身でそれをする方法があるんです。
卒業写真を開いて、自分と向き合ってみるのです。
――さあ、今のあなた、変わったものは何ですか?
変わらないものは何ですか?

【2008.3.3 末金典子】

さすがの沖縄もこの連休は寒かったですね~。
風邪などひいていらっしゃいませんでしょうか。

昨日は建国記念の日でしたので、日本という国についてちょっと考えて
おりました。

ハワイがアメリカ合衆国の50番目の州だということはみんな知っていること。
アメリカ建国の時には13州でしたが、次第にその数が増え、星条旗には現在
50個の星が描かれていることや、その数がもっと増える可能性があることも
みんな知っていること。さて次に合衆国に仲間入りするのは、つまり51番目の
州になるのは、プエルトリコではないか、という見方をする人や、
カストロ亡き後のキューバかも、などと穿った見方をする人もいます。
中には「ジャパン」という人もいます。無論、日本がアメリカの州の1つになる
なんてあり得ない話で、当然ジョークの1種なのでしょうが。
でも、「日本はほとんどアメリカの属国の1つだ」という政治・経済的現実の
いやみが込められている訳です。つまり「統治国なき植民地」だと。
確かに日本人は戦後のアメリカによる経営統治によって、かつてとは異なる
価値観を植え付けられ、元々私達が守り育ててきた国民性が大きく
変化したことは確かです。また、アメリカの国謀が戦後、唯一成功したのは
日本の教育をメチャクチャにしたことだとも言われています。

9・11のアルカイダによるニューヨーク攻撃以来、全体主義的な
ヒステリックさを尚更強めるアメリカ。断っておきますがアメリカという国は
「ペリー来航」以来、日本に対しての心のスタンスは何1つ変わっていない
のです。時折、渋々日本の力を容認しようとすることはあっても決して
尊敬することはありません。このような関係を「友人」と呼ぶのでしょうか?
そういういきさつはともあれ、私達の国「日本の心」がこれからどうなって
ゆくのか、ということ、いったいどうしたらこの国はかつてのように礼儀正しく
慎みのある気品の高い国に戻ることが出来るのだろうかということ、それら、
「日本の未来」への不安と希望は常に私の中にあるのです。

いつも書いてきましたように、いろいろな犯罪、教育や言葉などの文化の崩壊…
など、日本人の心は壊れつつありますが、日本の風土や、季節の美しさが必死で
日本を護っていることに、最近気付きました。
桜の季節には人々はそれぞれの心を抱いて花見に行きます。「花が咲いた」と
いうことがニュースになる、本当は心優しい国なのです。夏になった、と
海の美しさに心を開放し、秋には山々を彩る木々の美しさに心を癒やし、
冬は身体を寄せ合って寒さに耐え、また、雪の白さに心を洗い、
そうしてどれ程寒い冬でも次には必ず春が来る、と希望を捨てない国なのです。
実は私達はこれほど美しい国に住んでいるんですよね。

アインシュタインが大正11年に日本を訪れた時に講演された中の1節です。

「世界は進むだけ進んでその間、幾度も闘争が繰り返され、最後の闘争に疲れる
時が来るだろう。そのとき、世界の人類は必ず真の平和を求めて、
世界の盟主をあげねばならぬときが来るに違いない。その世界の盟主は武力や
金力ではなく、あらゆる国の歴史を超越した最も古く、且つ、尊い家柄で
なければならぬ。世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰り、それは、
アジアの高峰・日本に立ち戻らねばならぬ。我々は神に感謝する。
天が我ら人類に日本という国を造っておいてくれたことを。」

このアインシュタインの言葉に、この国の風土に、恥ずかしくない心を
取り戻そうではありませんか。

いつもみなさんとお話させていただいていて感じることですが、
「一人一人は本当に素晴らしい」って。戦争をしている人たちでも、きっと
一人一人は素晴らしい人なのでしょう。じゃあ何故、悲惨な出来事や事件が
起きてしまうのでしょう。
もう一度、その一人の素晴らしい人に立ち戻って、
まずは自分自身をうんと愛してあげることからはじめるべきなのかも
しれません。
一日に一度でもいいから心の中で自分に向かって「愛してる」と伝えましょう。
自分のために幸福を願いましょう。自分に幸福なものをたくさん贈るように、
あなたが幸福になることを願えば、新しい力があふれてきます。
そして、自分の身体を、心を、存在を慈しみましょう。感謝して大切に
扱いましょう。心のどんな小さな声も聞き、大切に大切にしましょう。
その優しさは必ず外に反映され、愛し愛されるあなたがそこにいるはずです。

それができたら、次は、あなたの周りの人達にもちゃんと愛を、気持ちを、
心の声を伝えてみましょう。
そんな愛の輪が広がれば争いはなくなるのではないでしょうか。
愛は生きる原動力です。
人間は風や海や太陽や原子のエネルギーを使うことができるようになりました。
でも、それと同じように、愛のエネルギーを使うことができるようになったなら
それは火の発見にも値し、素晴らしい世の中になるのではないでしょうか。
愛のエネルギーは枯渇しないのだから。

確かに愛を伝えるなんて、難しい、照れくさい、面倒くさい、という方も
いらっしゃることでしょう。
私も昔はそうでした。なんだか照れくさかったんです。
私が学生の時のことなのですが、大好きでたまらなかったおじいちゃんが
亡くなりました。胃ガンでした。冷たくなっていくおじいちゃんを前にして私は、
おじいちゃんが生きている時に、どうしてもっとちゃんと
「おじいちゃん大好きだよ」「とっても尊敬してる」「すごく大切な人
なんだからもっと一緒にいてね」と思いの丈を伝えてあげなかったんだろうと
すごくすごく悔やみました。そしておじいちゃんと約束しました。これからは
自分の想いを人にちゃんと伝えよう、言葉にしよう、行動で示そう、と。
それは時には誤解されたり、反省につながったりということももたらすのですが
私の一言でもしも、励まされたり、希望が持てたり、肩を押されたり、
元気になってくださる方がいてくださればいいなと思うからです。

明後日はバレンタインデー。
どうぞあなたの大切な人達に愛をたくさん伝えてあげてくださいね。
そしてあなたが愛いっぱいにいつもお幸せに満ち溢れておられますように。

【2008.2.12 末金典子】