毎日ドシャドシャとよく降っている今年の梅雨です。
本土でも次々に入梅している今日この頃ですが、
あなたはお元気ですか?

梅雨といえば、紫陽花の花。
灰色の曇り空と、雨に打たれる花を見ていると、
本当に日差しは戻ってくるのかしらと心配になったりもしますが、
必ず太陽は顔を出し、本格的な夏がやって来ます。
夏が来ると、なんとなく心がざわつくという方、
落ち着いて何かを考えるなら今のうちかもしれません。

例えば。
いつも忙しい毎日の内に、心の片隅に放っておいてある、
忘れたいのにどうしても忘れられない…なんていう、
過去と決別できない何かしら心に引っかかっている問題。
ならばいっそ、そのことだけを考え続けてみてはいかがでしょう?
つまり「逆療法」のようなことをするのです。
ひとつのことを考え続けるには限度があります。いいかげんこんなことにも
飽きた~と思ったとき、辛い過去とも自然と決別できるかもしれません。

例えば。
恋愛をしていて想いが伝えられない、
夫婦の間で伝えたいことがある、
仕事関係の人に思いきって言いたいことがある…なんていう問題。
想いを伝えずに後悔するなら、ちゃんと気持ちを伝えて、答えを得るなり、
燃え尽きたほうが幸せではないでしょうか。
当たって砕けろの精神こそ「人間道」の本筋だと思います。
だからこそアプローチに失敗したときは、思いきり傷ついてよし。
「自分は大丈夫、もうなんとも思ってないもんね。」なんていう強がりは、
立ち直るスピードを遅らせるだけ。
「ダメな場合は思いきり傷つく。」
そうすれば、時間が全てを解決してくれ、新しい自分に向かう元気を取り戻し、
再びキラキラと輝くことができるはずです。

とにかく、「憂うつ」って、いつも心の片隅でチクチクとしているもの。
いつまでも放っておかずに、その「憂うつ」をまず目の前にグイッと
引っ張ってきて、すぐに片付けてしまったり、とことん向き合ってみるんです。
すると意外に簡単に事が運んだり、あっという間に片付いてしまったりして、
早く心がスッキリして後がラクですよ~。
私はいつもこれを信条としているんです。

でもまぁ、ちょっとした憂うつならともかく、重い悩みなどは、
向き合うのも結構辛くって、そう簡単にはいかないのものですけれど…。

それでも、やまない雨はありません。
これは、自然の雨と、人間の心に降る雨に、共通の真理なのですね。

さて。
日曜日は父の日ですね。

お母さんには「ありがとう」とすっと言える方も、なぜだかお父さんへとなると
言いにくいという方が多いのですが、私もその一人でした。
その経緯は去年のお便りで詳しく書かせていただいたのですが、
親子の問題を抱えているという場合も、実はじっくり向き合ってみると、
心の澱が流れていくかもしれません。

親子の関係とはなんなのでしょう。
なぜ親子として生まれてきたのでしょう。

それは、私の父の言葉を借りれば、魂の進化成長のためなのかもしれません。
よりいっそう愛に近づくために自分を磨いて、いらないものは落とし、
より優しくなっていくためなのではないでしょうか。

例えば親子仲が悪いと思うのなら、それを不幸と思わずに、人との調和を
学ぶために生まれてきたのだと大事に受け入れてみる。そこをクリアできれば、
どこへ行っても、スッと人とハーモニーを創れる、優しい人間関係に
恵まれ、自分も成長することでしょう。

必要があって、深い意味があって、私達はその環境、その家族を選んで
生まれています。自分が学ばなければならない命題が学べる場所、
あたたかい愛に向かって成長できる場所に、私達は生まれているのです。
だから、幸せであっても不幸せであっても……私達は学び成長しなければ
なりません。

明後日の父の日は、今までお父さんと距離をおいていたなと感じたなら、
ぜひ話す機会を持ってみてくださいね。

したことの後悔は、日に日に小さくすることが出来る。
けれども、していないことの後悔は、日に日に大きくなっていくもんだよ。

悩んでいる時に父からもらった言葉をあなたと分かち合いたいと思います。

いっぱいお話してくださいね。あなたのお父さんへの想い―。

【2010.6.17 末金典子】

楽しいゴールデンウィークをお過ごしになられましたでしょうか。

わたくしはと言えば、1日に黄砂アレルギーとカゼを併発し、高熱とひどい咳で
ダウンしてしまい、2日からお休みの予定を1日早くお休みした挙げ句、
昨日までお休みすることになってしまいました。
みなさんには大変御迷惑をおかけしてしまい本当にすみませんでした。

今回の私もそうなのですが、いつの時も、ものごとには必ず良い面と悪い面の
両方が現れるもので、悪い事が起こっているようでも、後になってみれば、
実はそれが後の良い事につながっていたとか、あなたにもそんな経験がきっと
おありではないでしょうか。

今回の私は先週から病気でお休みせざるをえなくなり、
病気の辛さや、みなさんに御迷惑をおかけした不甲斐なさを味わった半面、
みなさんの温かさや御人柄の素晴らしさを改めて知ることができ、
人の優しさをたくさんいただくことができました。
1日にいらしてくださる予定だったみなさんにお断りのメールやお電話を
させていただいた時のみなさんのお優しかったこと。
私のいたらなさを責めるどころか、メールの文章の行間から立ち上ってくる
温かい思いやり、お電話の声や言葉から伝わってくる労わりの気持ち、
それらがどんなに心強くありがたかったことでしょう。
病気の時って、なんだか自分がとっても情けな~く弱く感じるもの。
そんな時だからこそ、お一人お一人の温かいお気持ちがじ~んわりと心に
沁みました。あ~、私はいつもこんなに優しく温かい人達とご縁を持たせて
いただいているんだなぁと。
おかげさまで回復することができ、また今日から元気に仕事を
再開できることとなりました。本当にありがとうございました。
また、名医と誉れの高い西平医院長先生、的確な診療をありがとうございました。

さて、
日曜日は母の日ですね。

前々回の季節の便りでは母から学んだ「謝ること」について
書かせていただいたのですが、今回は母から学んだ「働くこと」のイメージを
書こうと思います。

私の母は本当にいつも働いている人でした。
今でこそ夫婦共働きが当たり前になっていますが、私の子供時代は、
お母さんは家で家事をしている人、つまりは主婦が主流でした。
でも私の母は実家が老舗の洋食屋さんで、母の弟妹はそれぞれ好きな仕事に
就いているというのに、自分だけは両親を手伝って結婚後も
70歳になるまでずっと洋食屋さんを切り盛りして働いていました。
毎朝8時から夜は10時まで。
子供の私はというと、小学校低学年の頃までは洋食屋さんの2階で宿題を
したりして過ごしていましたが、高学年になるとお店の隣の駅の自宅で、
弟と二人で父の帰りを待つという「鍵っ子」生活が続きました。
子供心にはやはり寂しく、家に帰ればお母さんが「お帰り」と言ってくれて
手作りのおやつが出てくる同級生のみんながすごく羨ましかったものです。
でもその半面、女性が働くということが、そして人は働いて生きていくもの
なのだということがごく自然に心に焼き付いたようです。
また、私達の時代では学生生活を終えれば就職して社会人になるというのが、
ごく当たり前の人生のコースのように考えられていて、フリーターやニートなる
言葉や価値観はまだ登場していませんでした。

今の世の中は、学生を終え、いよいよ就職となっても厳しい就職難。
就職してからだって、その出世争いの厳しいことったらもう。そこでもまた
頑張ってある高みに上り詰めたと思ったら、やれリストラだ倒産だ吸収合併だ
敵対的買収だ、では正直やる気も出ませんよね。こういう先輩世代を見て
真面目に就職するなんてバカバカしいとニートになってしまう若者達も…。
なんだか働く意味を失いがちな社会になってきています。

どうしたらいいのでしょう。
一体どうしたら世の中がもっとハッピーになるのでしょうか。
よく「モチベーションを上げて働こう!」などというセミナーがありますが、
そもそもモチベーションを上げないと人は働いたり能力を発揮できないもの
なのでしょうか?

じゃあこんなふうに考えてみたらどうかなと思うんです。
「お前さんねえ、はたらくってのは傍が楽になるからハタラクってんだよ」
という落語の一節にもなっている仏教の法話の中にその答になる大きなヒントが
あるのではと。
みんな働くのは自分のためだって思うから辛くなりますよね。
でも自分の身の回りの人を楽にさせるために働くんだって考えたら、
やる気も出ませんか? つまり好きな人のために頑張るっていうのが
人間一番元気が出るものではないでしょうか。
自分のために頑張るのは限界がありますが、好きな人のために頑張ることに
限界はありませんよね。愛のエネルギーは無限なのですから。
確かに私の母も、働き詰めでろくに休みもなく相当疲れているはずなのに
「みんなの喜ぶ顔が見たいから」といつも生き生きと楽しそうに、
ひとさまのためにばかり心を尽くしていた人でしたっけ。

そういえば、最近、面白いマーケティングの分析を見ました。
右肩上がりの経済成長が見込めなくなってしまった今、
人は「幸せ」をどのようにして感じることが可能か、というお話。
「格差社会」という言葉の提唱者として有名な山田昌弘氏と大手代理店の
分析では、幸せのイメージとしては「他の人の役に立っている」という
感覚にあるそうで、その感覚を消費するスタイルが人気になってきているそう
なんです。実際、パッケージ化された途上国へのボランティア旅行が
人気プランになっているんだとか。人間には必ず「善意」が存在するから
だそうです。
また、阪神大震災で大被害に遭われたオリックスさんの池田支店長にうかがうと
震災後、トイレ掃除から仕出しから、池田さんも含め本当にたくさんの方々が
無償で黙々と、決していやいやではなく生き生きと働いておられたそうです。

さぁ、ゴールデンウィークも終わりまたお仕事ですね!
願わくば、みんながその善意のもとに楽しく働くことができますように。
そして、私達のその善意がこの世界に対して小さくとも何か温かなものを
プレゼントしてくれますように。

最後に。
少し長くなってしまうのですが、私が高校生の時に出会い、
29歳の時に沖縄に引っ越してきてすぐに、偶然また逢い、
覚えてくださっていたというお坊さまの法話を写しておきたいと思います。
この方も私に
「自分の幸せは一切考えなさるな。「人を幸せにする」そのことこそが
幸せへの道ですぞ。」
と言われたのでした。

だまされたと思って、ぜひ声に出して読まれることをお薦めします。
この文章には言霊が宿っているので、必ず心が清らかに洗われ、働く力が
漲ってくるはずです。

「私共の日常生活の言葉に、はたらく(働く)という言葉がありますが、これは
はたがらく(楽)になるということです。はたというのは人さん、御近所さま、
世間さんのことです。近所に迷惑をかけることを、はた迷惑と言います。
このはたさまが楽しく幸せになってくださるためのお手伝いを
させていただけることを喜んでさせていただくのが、即ち働く(はたらく)で
あります。はたらくとは宗教的な温かい言葉です。
私たち一人ひとりがこうした気持ちで自分の仕事に励ませていただくなら、
世の中はどんなに明るく楽しくなることでありましょうか。
仕事は事にお仕えするということですね。ですから仕事はするものではない、
させていただくものです。働くのではない、働かせていただくのです。
私共がどんなに仕事をした、働いたと言っても、世間さまから、社会の人々から
うけている無量のおかげにくらべれば、何程のことが出来たと言えましょう。
生きているのではない。生かさせていただいているのです。
私共がどんなにそのうけているおかげさまにおかげ返しをつとめても、
お返ししきれるものではありません。
「つとめても なほつとめても つとめても つとめたらぬは つとめなりけり」
です。労働だけになってはいけません。はたらく気持ちを忘れてはなりません。」

この気持ちで、また今日から元気に、みなさまにお目にかかれますのを楽しみに
しております。

【2010.5.7 末金典子】

お元気ですか?
沖縄じゅうのあちらこちらの海開きももう終わり、夏本番に向かって若葉も
生き生きしていますね~。

前回お送りさせていただいたお便りの後に、選抜高校野球大会で沖縄県代表の
興南高校が見事に優勝を飾り、今やもう沖縄県のどこの高校が出たとしても
優勝できるのでは…と思うほど沖縄も強くなったものだな~と感慨一入でした。

その高校野球。
私には必ず思い出すゲームがあるんです。
それは昭和62年7月1日に岩手県営球場で、地方大会の開会式直後の2試合目に
行われた試合。岩手県の強豪・盛岡商業高校と無名の岩手橘高校との一戦でした。

結果は53対1という大差の5回コールドゲームで盛岡商が勝ちました。

勿論、私はその試合を目撃していた訳ではありません。翌朝、新聞の朝刊に
「歴史的大差」というトピックスとして小さな記事が載ったものを読んで
知りました。ただこの時私は、新聞に載ったこの試合のスコアボードの
写真を見て極めて強く興味を惹かれたんです。
いえ、53点の方ではなく1点の方にです。
今でも時々、地方大会の話題にこういう大差の試合が報じられることが
ありますが、ほとんど大差で負けた方のチームの得点は0点です。
力の差とはそういうものです。でもこの試合では、相手にたった5回で53点を
奪われるほど弱い岩手橘が何故か1点を奪っています。しかも、その1点は
なんと4回裏に得点していたのです。一体どうして得た1点なのでしょうか?
お情けで貰った点なら却って侮辱だし、哀れ過ぎます。
歴然とした力の差のある戦いでは考えられないほど重い「1点」ですよね。

野球が大好きな、さだまさしさんも、この試合に大いに興味を惹かれたそうで、
岩手の親友に無理を言って頼み、この試合のスコアのコピーを手に入れ、
マッチ箱を4つ、塁に見立ててテーブルの上に配置し、マッチ棒を
動かしながら、この試合を机上に再現してみられたそうなんです。
その時の感動を
「心が高鳴り、わくわくする様は上質のミステリーを読むようだった」と
表現なさっておられます。
その様子を雑誌に掲載なさっておられましたので、引用させていただきたいと
思います。あなたもぜひとも思い浮かべてみてください。

1回表、盛岡商は岩手橘の投手・藤原を攻め、
9安打7四球7盗塁に8つのエラーがからみ、打者25人で21点を奪う。
2回表、更に2安打と1エラーで2点。岩手橘はこの裏2安打を放つが0点。
既に23対0。
3回表は、15人の打者、6安打2四球5エラーで11点。岩手橘は3者凡退。
ここで34対0。手を抜かない盛岡商も立派だ。
4回表、3安打2エラーで3点を奪い、この回で既に37対0となる。

そして、いよいよ僕のこだわった4回裏が来る。岩手橘、1アウト後、
投手藤原がこの日盛岡商の記録した、たった一つのエラーで出塁する。
ここで5番セカンド下村が右中間3塁打を放ったのだ。後で聞いたことだが、
この時、球場全体がどよめき、大拍手が起きたそうである。それはそうだ。
正々堂々たる1点だ。僕も珈琲をひっくり返しそうになって拍手をした。
涙がこぼれそうになる。こいつら、ちゃんと出来るじゃねえか、と。しかし
5回表、盛岡商は13安打6盗塁に3エラーがからんで16点を加え、ついに
53対1というコールドゲームが成立した。
本来遊撃手だった藤原君はこの日、投手のいないチームにあって、
度胸が良いと言うだけで初登板し、5回で260球を投げた。
被安打33四球12奪三振2だった。神様は意地悪なのか優しいのかわからない。
投手がいなくて急遽登板した18歳の少年、藤原君をこれほど虐めなくとも
良いではないか、と思うが、それでもたった1点だけ返したホームを
踏んだのはその藤原君だった。

この暫く後、この一戦を揶揄する記事が週刊誌に出た時、私も激怒しました。
揶揄した筆者は余程野球を知らぬか冷酷で残忍な人です。繰り返しますが、
53対0なら凡戦です。でもこの、37点をリードされた後の4回裏の1点の重みは
野球好きでなくとも人間なら分かる筈なのです。この1点によってこの試合は
名勝負となり、私の胸に深く刻まれたのですから。

実はこの頃の私は、会社に入ってようやく仕事を覚え始めた時期で、
人間関係やら仕事のことやらいろいろなことで重みを感じ、途方に暮れていた頃
だったんです。だからこの岩手橘高校の1点は、何より「最後まであきらめるな」
という私への強いエールに思えました。37対0でも、たった1点を
取りに行こうとするのが「生きる」ことだよ。「捨てるな」と。

高校野球。それは、只の一度も負けなかったたった一つのチームと、
たった一度しか負けなかった4千幾つのチームで出来ています。
私は苦しい時いつもこの53対1のゲームを思い出します。
そして自分に言うのです。結果でなく中身だよ、と。

ゴールデンウィークの最終日はこどもの日。
童心に戻って、純粋な自分に返って、今のあなたの人生の中身を見つめてみて
くださいね。
そして忙しい毎日で磨り減った感性を取り戻し、
豊かな日々をお送りくださいますように。

【2010.4.27 末金典子】